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東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)367号の2 判決 1979年4月24日

原告 黒川芳正

被告 東京拘置所長

代理人 宮北登 春田一郎 宮門繁之 川満敏一 ほか二名

主文

1  本件訴えのうち懲罰処分の取消しを求める請求を除くその余の請求に関する部分を却下する。

2  本件懲罰処分の取消しを求める請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対して昭和五二年一二月一三日言い渡した懲罰処分を取り消す。

2  被告は、原告に対しいかなる場合でも防禦権行使(六法全書・公判調書・公文書等の公判資料の閲読、弁護人宛信書の発信等)を尊重し、保障し、その便宜をはからねばならない義務と責任がある。

3  被告は、原告に対し懲罰手段として原告の防禦権を侵害する軽屏禁・文書図画閲読禁止を科してはならない義務と責任がある。

4  刑事被告人に対する軽屏禁・文書図画閲読禁止の懲罰は無効であることを確認する。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

1  (本案前の申立て)

主文第一項同旨

2  (本案についての申立て)

原告の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張 <略>

第三証拠関係 <略>

理由

一  まず本件訴えのうち、懲罰処分の取消しを求める請求を除くその余の請求に係る部分の適否について判断する。

1  請求の趣旨第二項に係る訴えについて

原告は、被告が原告の防禦権の行使を尊重し、保護し、その便宜をはからねばならない義務を有することの確認を求めているものと解されるが、右は一般的抽象的な義務の確認を求めるもので、原告の具体的な権利に係るものではないから、具体的事件性を欠き不適法であるのみならず、公法上の作為義務の確認を求める訴えとしても、本件においてそれが許容さるべき要件についての立証はないから、この点からも右訴えは不適法といわねばならない。

2  請求の趣旨第三項に係る訴えについて

原告は、被告が原告に対して懲罰手段としての軽屏禁・文書図画閲読禁止を科してはならない義務を有することの確認を求めているものと解されるが、右訴えが不適法であることは前記1で述べたとおりである。

3  請求の趣旨第四項に係る訴えについて

原告は刑事被告人に対する軽屏禁・文書図画閲読禁止の懲罰の無効確認を求めているが、右訴えは原告に対する具体的な処分の存在を前提とせず一般的抽象的に当該懲罰の無効確認を求めるものであつて具体的事件性を欠き不適法というべきである。

二  次に本件処分に原告主張の違法事由が存するか否か検討する。

1  原告が爆発物取締罰則違反等の罪により東京地方裁判所に起訴され現在審理中の刑事被告人で昭和五〇年七月一六日から現在まで東京拘置所に勾留されていること、及び被告が監獄法第五九条、第六〇条第一項第四号、第一一号、第三項の規定により昭和五二年一二月一三日原告に対し本件処分(編注・本件処分の内容は、軽屏禁・文書図画閲読禁止各六〇日の懲罰)を言い渡したことについては当事者間に争いがない。

2  原告は監獄法は違憲の法律であつて無効であると主張するが、本件処分に関し監獄法中のどの規定が憲法のどの規定にいかなる趣旨で違反するのか具体的な主張がないのみならず、仮りに原告において監獄法中の懲罰に関する規定を問題とする趣旨であるとしても、監獄法が必要な限度において在監者の基本的人権を制限し、また紀律、戒護の点を重んじるのは、それが必要かつ適当な限度にとどまるかぎり何ら憲法に反するものではない。また、監獄法の懲罰に関する規定について、例えば懲罰の要件である紀律違反の具体的内容について明確を欠く点があり(同法第五九条)、また、懲罰の種類、内容につき必ずしも適当とはいえない点が残されているにしても、その拘禁施設における行政罰としての性質にかんがみれば、監獄法の懲罰に関する規定が全体として憲法の基本的人権擁護の基本理念と対立するとか、法治主義、行政法律主義の基本理念と対立するとかの理由によりこれを無効と解すべきものではない。なお、監獄法が刑事被告人の防禦権の確保を予定していないと認めることもできない。したがつて、原告の請求の原因3の主張は失当である。

3  また原告は、本件処分は原告の刑事被告人としての防禦権を侵害するから憲法第三一条、第三二条及び第三七条並びに刑事訴訟法及び刑事訴訟規則の各条項に違反し、原告の戸外運動、入浴、ラジオ聴取、文書図画の閲読、筆記、接見及び信書の授受を禁止するから憲法第一八条、第一九条、第二一条、第二三条、第二五条及び第三六条並びに刑事訴訟規則第六八条に違反すると主張する。

懲罰処分は、刑務所内の紀律に違反した在監者に対しある程度の精神的肉体的苦痛を与えることにより反省を促しもつて刑務所内の秩序の維持をはかることを目的とするものであるから、被懲罰者が通常の在監者以上に自由の拘束をうけることがあつてもそれはやむを得ないというべきであるところ、軽屏禁とは「受罰者ヲ罰室内ニ昼夜屏居セシメ」る処分であり、厳格な隔離によつて謹慎させ精神的孤独の痛苦により改悛を促すことを趣旨とするものであるから、その趣旨を全うするため筆記及び発信の禁止並びに罰室外に出る行動を伴う戸外運動、入浴、接見の禁止及び施設がサービスとして実施しているラジオ聴取の中止等を当然に随伴しているものであり、他方、文書図画閲読禁止は、物を読む自由を奪い無聊に苦しむという消極的痛苦を与える処分であつて、軽屏禁と併科される場合には軽屏禁をより効果的なものにすることが期待されているため、公判資料を含む一切の文書、図画の閲読を禁ずることをその内容とするものである(軽屏禁、文書図画閲読禁止処分の内容については当事者間に争いがない。)。右懲罰処分の目的に照らせば、本件処分によりラジオ聴取、筆記、接見及び信書の授受が禁止されたとしても右禁止自体は右懲罰の当然の内容として許容されていると認められるから、違憲違法の問題は生じない。

また、<証拠略>を合わせると、東京拘置所においては、軽屏禁・文書図画閲読禁止の懲罰の執行を受けている被懲罰者から刑事被告人としての防禦権の行使のために右懲罰の執行停止の願い出があり、その必要性があるものと認められたときは、執行を停止すべき事由が四時間以内の執行停止で可能であれば、懲罰執行期間の計算上は懲罰の執行を継続したままの扱いで必要な時間につき執行を停止し、四時間を超える場合には必要な日数だけ懲罰の執行を停止して防禦権の行使に必要な行為を行わせていること、原告に対しても右と同様な取扱いがなされていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、原告の刑事被告人としての防禦権が害されているとは到底認めることはできない。

さらに、<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、東京拘置所においては軽屏禁の被懲罰者に対し、懲罰の執行を継続しながら運動については六日目ごとに、入浴については執行後第一回目の入浴は禁止するがその後については入浴日ごとにそれぞれ実施しており、原告についても同様の取扱いがなされていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、本件処分により戸外運動、入浴が若干禁止されるとしても到底違憲違法の処分ということはできない。したがつて、原告の右主張も失当である。

4  更に原告は、監獄法所定の手続による懲罰は、懲罰の対象となる紀律違反について具体的な規定がなく、当事者である拘置所長が検事と裁判官を兼ね、防禦権及び弁護人選任権が与えられていない点で罪刑法定主義及びデユープロセス条項に違反し、憲法第三一条、第三二条、第三七条に違反すると主張する。

しかしながら、拘置所長が自ら懲罰事犯を取り上げ懲罰を科すことは前述した懲罰の性質上当然のことであるし、憲法第三七条が懲罰対象者に対してまで弁護人選任権を与えることを要求していると解することは到底できない。

また、<証拠略>を合わせると、東京拘置所においては懲罰の対象となる行為を具体的に記載した「所内生活の心得」と題する小冊子を各居房内に備えつけ在監者に対し懲罰の対象となる紀律違反行為の基準を明らかにしていること、紀律違反と目される行為が発覚すると警備隊員が本人から事情を聴取して供述調書を作成し、また懲罰審査委員会には懲罰対象者を出席させて弁解の機会を与えており、原告に対しても右同様の取扱いがなされたが、原告は自ら防禦の機会を放棄したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、懲罰の対象となる紀律違反について具体的な基準が定められていないとはいえず、また懲罰対象者の防禦権が保障されていないと認めることもできない。したがつて、原告の右主張も失当である。

5  更にまた原告は、本件処分は事実に基づかないものであると主張するので、この点について検討する。

<証拠略>を合わせると、原告に被告主張のような紀律違反行為があつたことを認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は昭和五二年三月八日から同年一一月三〇日までの間紀律違反行為を繰り返したと認めることができるから、原告の右主張も失当である。

6  してみると、原告の前記紀律違反行為に対し、監獄法第五九条、第六〇条第一項第四号、第一一号、第三項の規定を適用してなされた本件処分に原告主張の違法事由はないというべきである。

三  よつて、本件処分の取消しを求める原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、本件訴えのうちその余の部分は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田耕三 菅原晴郎 北澤晶)

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